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昨日あんなに決意したのに
今日は結局一人で2度目見れなくてがっかり(´・ω・`)
なので、所々記憶違いはあるかもしれないけれど感想に挑戦
たまには「何故萌えるか」について、精神心理学専攻の友達との考察も交えて
真面目に考えて書いてみようかと思いますよ

冒頭部分、幼少時代のアレキサンダーの状況がかかれる
不仲という言葉では言い表せないほどいがみ合う両親
征服された国の高貴な生まれである母は、まるで戦利品の一つ、
物であるかのように父親である王に扱われる
それを常に目の当たりにし、父への怨みを子守歌に育つ
母の心のよりどころは周りとは違う宗教であり、子供には原始的な恐怖心をあおるであろう蛇
加害者である父と、被害者でありながら同時に自分への加害者である母に挟まれ、
そこからの逃避として、勉学や運動、そして友人との交遊に全勢力を注ぐ
特に彼の生まれたギリシャは、神話や伝説が花開き、哲学が成長しはじめた、
文化を学ぶ環境としては最高の状況にあった
現に、「イーリアス」を何度か引用する場面も書かれている

思春期になり、自分の世界を持つようになると、恋愛感情が芽生える
自分を真に理解してくれるのは、親友であるヘファイスティオンだけであると感じ、恋に落ちる
彼の思想の基本となった学問の師はかのアリストテレスだし、
当時の時代背景としてはさほどアブノーマルとは取られていないようだが、
その後もまったく女性に心から揺さぶられるほどの感情の動きを見せていないところから
完全なエディプス・コンプレックス、つまり父と母という基本的な男女に対する抵抗があるため、
男女の婚姻関係と言うことに強い嫌悪感や不信感を抱いていたのではないか、という心情が深く掘り下げて描写されている
その表れとして、歴史上では「恋愛感情に突き動かされ、正当な手続きを取って異種族の娘を王妃にした」と解釈されている、
ロクサーヌとの結婚についても、恋愛の華やかな空気はそこには全くない
そして「子孫を残すため」という理由を述べてはいるが、真意に関しては全く不明のままで残されている

母へのコンプレックスは、女性への不信となって現れ、
一方、父へのコンプレックスは仕事、つまり統治者としての父を越えようとするがむしゃらさで現れる
一心不乱に軍を駆り立て、征服し、領土を確実に広げる
そしてついには世界強国として当時君臨していたメディア=ペルシャ帝国との直接対決に至る

圧倒的な力の差に怯える軍を前に、的確に指示を飛ばし、大胆で戦略的なアイディアを展開し
そして檄を飛ばして兵達の士気を高めているその姿は
まさに歴史に名を残すにふさわしい猛勇さをたたえている
大いなる敵に突撃するまでの緊張感を、この映画はとても効果的な演出で高めていると思う
そして、一切の美化をすることなく、ありのままの戦闘をリアルに書き出しているところは
この監督の持ち味を生かし切っているといえるだろう

その後、遠征するアレキサンダーと彼の軍達の確執、そしてあまりにも遠くへ来てしまったが故の切迫感は真に迫る物がある
特にインドでの戦闘は、まるでベトナム映画のゲリラ戦のような悲惨さであり、圧倒的なグロテスクさ、不条理さを醸し出していた

この作品を、英雄の伝記(ヒロイズム)映画としてみれば失望するかもしれないが
反戦映画、とくに『戦争という究極の破壊行為によって英雄は生まれ得ない』というメッセージが深く込められているように感じた

世界史の英雄、という概念を考えさせられる作品

以下、ふざけたツッコミ

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2005.11.06 | オールメディア鑑賞記 | トラックバック(1) | コメント(5) |

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